城跡の地図
福山城
別名 久松城
所在地 福山市丸の内1丁目
遺構等 復元天守、伏見櫓、筋鉄御門、
鐘櫓、石垣、碑、説明板
現状 城跡公園
築城年 元和8(1622)
築城者 水野勝成
歴代城主 水野、松平、阿部
形式 平山城
訪城日 2005/11/26
【道案内】


【感想・メモ】
ふくやまじょう
【歴史】
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伏見櫓
筋鉄御門
JR福山駅のすぐ北側が城跡で、現在城跡公園となっています。公園内に有料駐車場があります。


詳しくは、福山城博物館公式ホームページをご覧下さい。
公園の外(北西)を少し見て歩いた後、公園に入って石垣と櫓の写真を撮りまくり、現存する筋鉄御門、鐘櫓、伏見櫓を見入っていました。特に門はカッコいいと、伏見櫓の前からだと正面から写真が撮れると必死にそれらの写真を撮っていたら、ボランティアの方が伏見櫓の前で色んな説明をして下さいました。
元和5年(1619)、広島城主・福島正則の改易後、大和郡山城主で三河刈谷城主・水野忠重の嫡男・水野勝成が入封した。翌元和6年、勝成は山陽道への押さえである神辺城と瀬戸内海路の押さえである鞆城を廃し、新しく福山城を築いた。元禄11年(1698)、5代水野勝岑に嗣子無く水野氏は断絶した。その後、松平(奥平)忠雅が出羽山形から入城したが、宝永7年(1710)伊勢桑名へ移封となった。同年、下野宇都宮より阿部正邦が10万石で入封し、以後阿部氏が9代続いて明治を迎えた。