払田柵
JR「大曲駅」から東へ約5km。県道50号北側の「払田柵歴史公園」が城跡で、無料駐車場があります。
古代東北地方は「辺鄙の地」と位置づけられていたが、律令国家成立頃から支配下に組み込むことに積極的となり、東北地方進出の拠点となったのが城柵である。城柵は行政的・軍事的拠点としての役割を果たし、多賀城胆沢城紫波城徳丹城、磐船柵、城輪柵秋田城、雄勝城等がある。払田柵は坂上田村麻呂らによる征夷事業として平安時代初期に築かれ、政治・軍事・生産・生活・宗教等の拠点となった思われる。しかし、大規模な城柵にも関わらず、文献に記載が見当たらないため詳細不明で、河辺府説・雄勝城説・山本郡衙説などがあるが確証はない。真山・長森の二丘陵を中心とした一体に構築され、外郭線は角材列、内郭線は角材列・築地土塀・石塁で構築されている。長森の中央には政庁があり、周囲は板塀で囲まれ門が設けられている。

(『日本城郭大系』新人物往来社発行、現地説明板 参照)
【歴史】
【道案内】

外柵南門

政庁東方地区建物群

城跡の地図
公園入口にある総合案内所はちょっとした資料館となっています。無料なので立ち寄ると良いでしょう。城跡は、門、建物などが復元整備された広大な公園となっています。この西方の真山は堀田城で、麓の池田氏庭園は土塁で囲まれた館のような雰囲気で立派なので、一緒に見学すると良いでしょう。
【感想・メモ】
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西建物・外郭南門

別名
所在地 秋田県大仙市(仙北町)払田長森
遺構等 復元門、復元建物、政庁跡、井戸、説明板
現状 払田柵歴史公園
築城年 延暦年間(782ー806)頃
築城者 朝廷
歴代城主
形式 城柵
訪城日 2010/7 感想
ほったのさく