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愛知県のお城 たけだかつよりせんちほんじん
武田勝頼戦地本陣
別名
所在地 愛知県新城市八束穂
遺構等
現状 道路、墓地
築城年 天正3(1575)
築城者 武田勝頼
歴代城主 武田
形式 陣所
訪城日 2020/2/11 感想
【道案内】 城跡の地図
JR飯田線「鳥居駅」から西へ約1km。新東名高速道路「新城インター」から国道151号で北上し、次の信号「清井田」の1本北の路地を東へ入ります。ガードをくぐり、そのまま坂を上がっていくと陣所です。
【感想・メモ】
上がり切ると墓地ですが特に何もありません。坂を上がる途中、右カーブの左手に石碑があります。
【歴史】
天正3年(1575)5月、武田勝頼は織田・徳川連合軍との決戦を前に長篠の医王寺で軍議を開いた。多くの忠臣は、決戦を回避すべしと進言したが、勝頼は聞き入れず、寒挟川を渡ってこの清井田へ進撃し、ここを戦地本陣とした。21日未明、勝頼は設楽原に向けて総攻撃を命じたが、戦いの結果は武田軍の惨敗に終った。この近くに、死を覚悟で出陣した武将が、水盃を汲みかわしたと伝えられている泉がある。(現地説明板より)
参考資料
愛知県中世城館跡調査報告書V(東三河地区) 愛知県教育委員会
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