城跡の地図
長浜城
別名 今浜城
所在地 長浜市公園町小字本丸
遺構等 模擬天守、曲輪、石垣、井戸碑、説明板
現状 豊公園
築城年 天正3(1575)
築城者 羽柴秀吉
歴代城主 羽柴、柴田、山内一豊、内藤
形式 平城
訪城日 2005/4/16
【道案内】

【感想・メモ】
ながはまじょう
【歴史】
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JR北陸本線「長浜駅」から西へ約300m。琵琶湖畔を通る県道2号(さざなみ街道)「湖岸平方」信号から300m程北上した「港町」信号を左折し、300m程西進した正面の公園が城跡です。公園内に無料駐車場が完備されています。
詳しくはこちらをご覧ください ・・・ 長浜城歴史博物館
ちょうど桜の季節で、とても綺麗でした。模擬天守は歴史博物館になっています。また、湖岸には井戸跡があり、碑が立っています。
建武3年(1336)近江源氏の一族、佐々木高氏が琵琶湖畔の今浜に館を構えたのがはじまりといわれる。天正元年(1573)朝倉・浅井征伐で戦功をあげた羽柴秀吉は、織田信長から浅井長政の旧領の北近江三郡を与えら小谷城へ入ったが、山が高峻すぎたため、天正3年今浜の地に城を築き長浜と改めた。天正10年(1582)本能寺の変後、織田家重臣による清洲会議で北近江は柴田勝家の甥・勝豊に与えられた。しかし、わずか半年で勝豊から長浜城を奪還し、翌天正11年の賤ヶ岳合戦後に、山名一豊が入った。山内一豊が小田原の役の戦功によって掛川5万石に移り、関ヶ原合戦後の慶長11年(1606)、家康の異母弟の内藤信成が城主となり、その子・信正が継いだ。しかし、元和元年(1615)一国一城令により長浜城は廃城となった。