大館城
【道案内】

城跡の地図
JR花輪線「東大館駅」から北東へ約1km。大館市役所の北、市民体育館の西にある「桂城公園」一帯が城跡で、公園に65台分程の無料駐車場が完備されています。
【歴史】
天文19年(1550)浅利勝頼が築城したといわれる。戦国時代には、この地は浅利氏、南部氏、秋田氏(安東氏)、津軽氏の間で争奪戦が繰り広げられ、豊臣政権下では秋田氏の所領だった。関ヶ原合戦後、秋田氏は常陸国に移封となり、替わって慶長7年(1602)佐竹義宣が秋田へ入部し、赤坂朝光に大館城接収を命じた。しかし、旧浅利家臣の一揆がおこり、小場義成が鎮圧した。慶長15年(1610)、義成は旧浅利勢力を押さえ、津軽・南部の国境を固めるため、正式に大館城主として入城した(小場氏は後、佐竹を名乗ることを許され、佐竹西家と称した)。元和6年(1620)、領内支城破却の際、横手とともに残置が認められた。慶応4年(1868)、戊辰戦争が勃発し、大館地方は楢山佐渡率いる南部軍の十二所、長木口攻撃で戦場と化した。戦火が激しくなり、秋田側は城に火を放って一旦は退城したが、弾薬不足となった南部軍が引き上げた。明治元年(1868)、大館城代佐竹義遵は大館城の自焼を命じ、焼失した。
公園入口に「小中城門跡」の碑があり、復元図のレリーフもあります。この門跡のところに石垣が残っています。またここから眺める水堀と桜が素晴らしい!主郭内は花見の人でごった返し、露店も出ていて、土塁が巡っているのが分かるけど見難いところもあったので、諦めて私も桜を楽しみました。門跡の碑が3ヵ所(他は国道を渡る橋の近くと体育館の方の入口)にありました。
【感想・メモ】

別名 桂城
所在地 秋田県大館市中城5-12
遺構等 曲輪、土塁、石垣、水堀、門跡碑
現状 桂城公園
築城年 天文19年(1550)
築城者 浅利勝頼
歴代城主 浅利氏、秋田氏、小場氏
形式 平山城
訪城日 2005/5/1 感想
おおだてじょう
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