臼杵城
永禄5年(1562)、大友宗隣が臼杵湾に浮かぶ丹生島に築城し、それまでの大友氏代々の居城であった府内城から移った。天正6年(1578)、日向耳川の合戦で島津氏に敗れた後、大友氏の勢力は衰退し、天正14年には臼杵城も落城した。その後、福原直高・太田一吉らが城主となり、慶長5年(1600)稲葉貞通が美濃郡上八幡から5万石で入封した。以後、稲葉氏が14代続き明治を迎えた。
【歴史】
公園の西側は大門櫓などが復元されてカッコイイ。この大手にある畳櫓と、東側の卯寅稲荷神社に卯寅口門脇櫓は現存だ。復元門をくぐると三の丸で、その東のグランドが二の丸、大堀を越えた稲荷神社がある部分が本丸で、石垣がかなり残っていて見応えがある。臼杵といえば磨崖仏が有名なので、お城とセットで見ると良いでしょう。
【感想・メモ】
JR日豊線「臼杵駅」から北西へ約400m。臼杵公園が城で、公園から西へ約150mに「稲葉家下屋敷」があり、ここに有料駐車場があります。
城跡の地図
【道案内】
別名 丹生島城
所在地 大分県臼杵市臼杵
遺構等 現存櫓、堀、石垣、曲輪、土塁、碑、説明板
現状 臼杵公園
築城年 永禄5(1562)
築城者 大友宗麟
歴代城主 大友、稲葉
形式 平山城
訪城日 2006/11/19

うすきじょう
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