高城
別名
所在地 宮崎県木城町高城
遺構等 曲輪、堀切、土塁、模擬櫓、井戸、説明板
現状 城山公園
築城年 建武2(1335)
築城者 新納時久
歴代城主 新納、伊東、島津
形式 山城
訪城日 2006/11/20
【道案内】 城跡の地図
木城町役場から北へ約700mの小山(城山公園)が城で、公園に無料駐車場が完備されています。(最初に古墳がある駐車場がありますが、その奥にも駐車場があるので、城跡を見る場合は奥の駐車場の方が便利です)
【感想・メモ】
最初の駐車場から奥の駐車場へと行く途中に、3本の堀切があります。かなり立派な堀切で竪堀が落ちているのが分かります。公園に入ると、模擬櫓というよりは時計がついた展望台がありました。眺望がよく、切岸がくっきり見えて、気持ちいいです。この展望台に向かって左手の方へ行くと井戸もあります。
【歴史】
建武2年(1335)、足利尊氏から新納院を賜った島津時久が城を築き、新納と改姓した。その後、新納土持氏が所有し、長禄元年(1457)、土持景綱が都於郡城主・伊東祐堯に敗れ、日向で勢力を誇っていた伊東氏が領し、日向伊東氏48城の1つとして重要な役割を担った。天正5年(1577)、伊東義祐は島津氏に敗れ大友氏を頼り、高城は島津氏の支城となったが、島津軍2万、大友軍5万の攻防戦が繰り広げられ、大友軍が敗走し、山田有信が城主となった。天正15年、豊臣秀吉の九州進行により20万の大軍に包囲されたが、落城しなかった。その後、筑前秋月城主・秋月種実が日向財部等3万石に移封となり、秋月氏の支城となった。しかし、元和元年(1615)一国一城令により廃城となった。
たかじょう