城跡の地図
秋月城
別名 秋月陣屋
所在地 朝倉市(甘木市)秋月野鳥
遺構等 石垣、堀、城門、掘割
現状 秋月中学校
築城年 寛永元(1624)
築城者 黒田長興
歴代城主 黒田
形式 平山城
訪城日 2000/4/30
【道案内】


【感想・メモ】
あきづきじょう
【歴史】
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秋月市街から国道322号で北上します。「長谷山」信号を右折して国道500号に入ります。1.2km程東進して左折し県道80号に入り、700m程北上した路地を右折して300m程行った正面に秋月中学校があります。この中学校から南にかけてが城跡です。城跡付近の通りは少し狭いので気をつけてください。車は、中学校から300m程北にある秋月郷土館の有料駐車場を利用すると良いでしょう。
中学校の前の通りを南へと歩いていくと、左手に長屋門があり、更に行くと垂裕神社の前に黒門があります。黒門は鎌倉時代に古処山城の城門として造られたのですが、江戸時代初めに秋月城の大手門として移されました。秋月の城下町は、ほぼ全域が国の伝統的建造物群保存地区に指定されていて、情緒たっぷり。ゆっくり散策しましょう。
建仁3年(1203)、原田種雄が古処山に山城を、麓に館を築いた。原田氏は姓を秋月と改め、以後、秋月氏が代々居城した。戦国時代、秋月氏12代・種実は豊前・筑前・筑後の12郡を支配したが、天正15年(1587)豊臣秀吉の九州征伐によって、秀吉の軍門に降った。秀吉は秋月種実に日向高鍋3万石を与え、古処山城は廃城となり、山麓の館も荒廃した。寛永元年(1624)、福岡城主黒田長政の3男・黒田長興が5万石を与えられ秋月に分封となった。黒田長興は秋月氏の館を改修して居城とした。以後、秋月黒田藩が12代続いて明治を迎えた。
長屋門
黒門