城跡の地図
椿尾城
別名 椿尾上城
所在地 奈良市北椿尾町字城山
遺構等 曲輪、土塁、空堀、畝堀、石垣、井戸
現状 山林
築城年 天文年間(1532-55)
築城者 筒井順昭
歴代城主 筒井
形式 山城(比90m)
訪城日 2006/9/2
【道案内】


【感想・メモ】
つばきおじょう
【歴史】
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名阪国道「五ヶ谷」インターを下り、名阪国道をくぐって左折し、中畑町方面へ進みます。「中畑町」バス停を北へ進み、すぐに道が二手に分かれるので右折して県道187号で更に北上します。700m程進んで名阪国道をくぐり、道なりに北上すると900m程行って道が行き止まりになります。車はこの付近に停め、左手のコンクリート舗装の道を登ります。10分程登ると道が二手に分かれるので、チェーンがある右手の道へ行くと城跡です。
チェーンがある所から1〜2分で「二の丸」と書かれた白い標柱が見えます。その標柱の方へ真っ直ぐ行き、突き当りを右に曲がって登ると本丸です。夏場のせいか?人が誰も来ていない様で、道は背丈より高い草が生え、荒れた山といった雰囲気です。本丸には稲荷社があったのか赤い鳥居が朽ちていますが、背後に土塁があります。本丸南側の堀を見ようと、右手へ下りて行ったら、堀も藪だらけながら、肉眼では分かります。1つ下の曲輪には石垣が少し見えました。本丸へ来た道を戻り、今度は見張台へ。こちらは藪より伐採された木が放置されていて歩きにくいです。見張台西側の壁面には石垣があり、空堀がクランク状に折れ曲がっています。更に西側には曲輪が見えます。見張台の南側へ回り、大雑把に一周したのですが、遺構はしっかりしていて楽しいお城です。ただ夏場だと藪がひどい上、ヤマダニが大量発生し、地元の方は入らないため荒れてるらしいです。毎年9月下旬に草刈や除虫をするらしいので、この城は10月〜4月に訪れ、夏場は外した方が良いです。
天文年間(1532-55)、筒井順慶の父・順昭が、本城である平城の筒井城が陥落した場合に備え築城した。永禄2年(1559)、多聞山城主・松永久秀に攻められ筒井城が落城したため、順慶は椿尾城を本拠とした。元亀2年(1571)、順慶は反撃に転じ、辰市の合戦で勝利した。天正5年(1577)、松永久秀が織田信長に攻められ滅んだ後、天正8年、順慶は信長より大和20万石の大名に封じられた。しかし、大和国内は、高取城大和郡山城以外は城郭破却を命じられたため、椿尾城は廃城となった。
道路行止まりの場所。
左手のコンクリートの道を登る
10分程登ると道が分かれる
右手の鎖がある道へ