曽根城

公園入口には、斎藤利三屋敷跡の碑が道路脇にあり、「春日局ゆかりの地」石碑や本丸石垣が地上に復元されたものがあります。また、華渓寺に曽根城本丸跡の石碑と説明板もあり、この石碑からお寺沿いに続いているのが土塁っぽく見えました。
別名
所在地 岐阜県大垣市曽根町1丁目
遺構等 土塁、碑、説明板
現状 華渓寺、曽根城公園
築城年 永禄初期(1560年代)
築城者 稲葉良通(一鉄)
歴代城主 稲葉、西尾
形式 平城
訪城日 2010/9 感想
城跡の地図
【道案内】
県道156号で岐阜経済大学から300m程西進した信号を右折し、県道212号を1km程北上した1つ目の信号を右折します。500m程東進し曽根公民館の東で左折、250m程北上して右折すると「曽根城公園」があります。この公園から南の華渓寺一帯が城跡で、無料駐車場があります。

【感想・メモ】
そねじょう
【歴史】
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永禄初期(1560年代)、稲葉良通(一鉄)が築城した。一鉄は、土岐氏が没落した後、斎藤氏に仕え、その後、織田信長、羽柴秀吉に従った。その子・貞通は、天正16年(1588)郡上八幡城4万石に移封されたため、西尾豊後守光教が入った。関ヶ原の戦いの戦功で光教は1万石を加増され揖斐へ移ったため、曽根城は廃城となった。
石垣