広島県のお城 かつらじょう
桂城
別名 中山城、三笠山城
所在地 広島県安芸高田市吉田町桂
遺構等 曲輪、土塁、堀切、竪堀、説明板
現状 山林
築城年 16世紀初頭
築城者 桂広澄
歴代城主
形式 山城(比80m、標295m)
登城時間 10分
北尾根の堀切
訪城日 2012/4/29 感想
【道案内】 登城口の地図 城跡の地図
国道54号「郷野小入口」信号から50m程北東へ進んだ道路右手に城跡の案内があります。ここから入ると登城口で、その手前左手の星ヶ城用駐車場に駐車しました。
【感想・メモ】
登城道は整備され、5分程登ると尾根に至り、お城の説明板があります。このお城は西・中央・東の三つに分かれており、ここから右手が西郭群で3分も進むと二重堀切があり、北・南西方向に延びる尾根上に小郭を配し、土塁もあります。説明板から左手には中央郭群と東郭群があり、中央郭は最高所となり、北に延びる尾根上に堀切と郭を並べていて、見張所の役目をしていたと考えられます。東郭群は時間の都合でパスしましたが、麓に桂広澄の墓があります。全体にこじんまりした雰囲気でまとまっているといった感じです。
【歴史】
毛利氏譜代の桂氏の居城で、16世紀初頭頃、坂氏から分家した桂広澄が築城したと言われる。広澄は、大永3年(1523)、毛利元就の本家相続に際し、相合元網擁立派だったため自害した。広澄の子・元澄は、元就の重臣となり、弘治元年(1555)厳島合戦の時、桜尾城主となり戦功を挙げた。
参考資料
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』広島県教育委員会発行
『日本城郭大系』新人物往来社発行
西郭 遠景 桂広澄の墓
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