品野城 |
別名 | 秋葉山城 |
所在地 | 瀬戸市上品野町稲葉山 |
遺構等 | 曲輪、堀切 |
現状 | 山林 |
築城年 | 建保年間(1213-19) |
築城者 | 大金重高 |
歴代城主 | 大金、戸田、坂井、松平 |
形式 | 山城 |
訪城日 | 2008/7/12 |
稲荷社
建保年間(1213-19)、承久の乱で名をあげた山田重忠の家臣・大金重高が築城した。承久の乱で大金氏が滅び、品野城は宗良親王の家臣である戸田頼房の嫡子・宗忠が家臣らを率いて信州からこの地へ入った。戸田氏は応永年間(1394-1428)に移り、織田信秀の家臣・坂井秀忠が入ったが、享禄2年(1529)松平清康に攻められ落城した。その後、松平氏が城主となったが、桶狭間合戦の前哨戦として永禄3年正月に信長が攻撃し、品野三城(品野・桑下・落合)は焼失し廃城となった。 |
稲荷社から上へ強引に登ると目の前に高速が〜。山へは高速を越えた方から登れる場所もあるらしいですが、諦めました。 |
しなのじょう |
国道363号「中町」のバス停のすぐ西側に交番があります。この交番やバス停から東進した最初の路地を右に入ります。すると突き当たり正面が稲荷社となり、この南東の山が城跡で昔はこの稲荷社から登れたようですが、東海環状道路が出来たために登れなくなりました。 |
品野城縄張図 原図:佐分清親氏 愛知県中世城館跡調査報告書T(尾張地区)より |