川手城
川手城縄張図  原図:高田徹氏
愛知県中世城館跡調査報告書V(東三河地区)より
【道案内】
城跡の地図
国道257号「滝見橋」を南へ渡り、右折して県道356号に入り300m程西進して左前方の道へ入ります。(車は県道356号沿いに停め(県道に駐車スペース有り)ここから歩いて下さい。道なりに上がっていくと右手に墓地が見えます。この墓地を過ぎて右折し、道なりに登ると(中電の番号をふった札が道の途中にあります)左手に個人宅があります。この個人宅の裏手の山が城跡です。

県道356号からの入口
TOPページへ
【感想・メモ】
個人宅やその前の畑も城域で、一段上に主郭があります。以前は主郭に鉄塔があったようですが、先程登ってきた道の正面に鉄塔は移動しました。主郭には説明板があります。主郭の奥は櫓台のような土塁があり、小さな祠(八幡神社)が祀ってあります。その背後はかなりスゴイ大堀切で見応えがあります。堀切の向こうも曲輪ですが、矢竹が密集していて入れませんでした。
別名
所在地 豊田市(稲武町)川手字城山7
遺構等 曲輪、堀切、土塁、説明板
現状 山林
築城年 建武2(1335)
築城者 山田頼範
歴代城主 山田
形式 山城(比60m)
訪城日 2006/12/2
かわてじょう
【歴史】
建武2年(1335)、山田頼範が築城した。山田氏は承久の乱(1221)に宮方に属した尾張の豪族・山田重忠が祖である。元弘・建武の変動で頼範の時、同族足助氏を頼ってこの地に移り、以後、足助・菜倉・永江氏と共に南朝方として戦った。山田氏が代々続いたが、良行の時、井伊直政に仕えて彦根へ移ったため、廃城となった。