白土城
別名
所在地 いわき市平南白土字館岸
遺構等 曲輪、土塁
現状 増福寺の向い側、山林
築城年
築城者 岩城次郎
歴代城主 岩城
形式 台城
訪城日 2006/4/30
【道案内】


【感想・メモ】
しらどじょう
【歴史】
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国道6号「正内町」信号を県道26号へと入り600m程南下します。4本目の信号を左折して1km程西進し、新川を「高橋」で渡ります。川を渡ってから150m程進んだら右折して少し細い路地へ入ります。道なりに急坂を上がっていきます(滑り止めに小石が入った道になります)。500m程進むと切通しのような場所を抜け、右手に増福寺が見えてきますが、この切通しを抜けてすぐ左手の小山が城跡です。車は増福寺の駐車場を利用するとよいでしょう。
増福寺の道を挟んだ向い側の小山が城跡です。切通しの道を上りきったすぐ左手に登り口があります。100m程進むと広い場所に出ます。この付近は特にこれといったものはなく、奥へ行くほど藪でした。広い場所へ出てすぐ左手前方向へ行くと、右手に曲輪があり、結構分厚い土塁が残っています。ただ、あまりの藪に写真では全く分かりません。突き当たりの土塁は高さもあり、櫓台となっています。藪が無くてもっと見通しが良かったら、実はかなりな遺構が見られるのでは?と思いました。
室町時代、岩城氏18代隆忠が居城を長友館からこの白土城に移した。隆忠は、古くからこの地方を領していた伊賀氏を支配下に入れ、更に一族統一を目指して長子・親隆と共に、岩崎氏から大館城を奪った。親隆の子・岩城下総守常隆は、文明15年(1483)、磐城・磐前両郡の郡境にあたる大館城に本拠を移したが、親隆は白土城に居城した。親隆の死後は、一族重臣の白土摂津守家が居城とした。
城跡の地図
登山口