本堂城 |
払田柵から北東へ約1.5km。払田柵から県道50号で1.2km程東進して左折し、900m程北上した突き当り前方が城跡ですが、ここを左折し、200m程西進して右折して少し北上すると右手に西門跡があります。近くに公民館があるのでここに駐車すると良いでしょう。 |
お城は矢島川のすぐ南となり、一面田んぼの中ですがすぐに見つけられます。周囲の堀が良く残っており、北東には土塁もあります。大木にナマハゲ人形があったのが面白いです。東・西・南に虎口があり、それぞれ門跡の標柱があります。 |
承久2年(1220)、和賀氏の分身本堂忠朝が本町元本堂館ノ沢に山城を築き、以後300余年居城とした。天文4年(1535)、本堂氏は勢力拡張に伴い平地にこの本堂城を築き、16代忠親、17代茂親が居城した。天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐に参戦し、同年9月には上杉景勝の臣藤田能登守信吉の検地に協力し、本領安堵されている。慶長6年(1601)12月、茂親は常陸志筑へ移封となり、本堂城は廃城となった。 (『日本城郭大系』新人物往来社発行、現地説明板 参照) |
別名 | |||
所在地 | 秋田県美郷町(千畑町)本堂城回館間 | ||
遺構等 | 曲輪、土塁、横堀、碑、説明板 | ||
現状 | 畑地 | ||
築城年 | 天文4年(1535)頃 | ||
築城者 | 本堂忠親 | ||
歴代城主 | 本堂氏 | ||
形式 | 平城 | ||
訪城日 | 2010/7 | 感想 | ○ |
ほんどうじょう |