城跡の地図
大西城
別名 池田城
所在地 徳島県三好市池田町上野
遺構等 石垣、城郭並木、本丸、碑、説明板
現状 池田幼稚園、池田小・中学校
築城年 承久3年(1221)
築城者 小笠原長清・長経
歴代城主 小笠原、大西、蜂須賀
形式 平山城
訪城日 2004/4/29
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城郭並木
JR土讃線「阿波池田駅」から北東へ500m程の所にある、池田幼・小・中学校付近が城跡です。
城跡碑だけ「大西池田城」となっていて、その他の説明板は「池田大西城」ってなってたけど、まぁどっちでもいいのかな?幼稚園の前に、城郭並木なんてものがあり、説明板もあります。また幼稚園の東側へ行くと石垣が残っていて、そこに説明もあります。昭和54年の幼稚園改築の際、北側の石垣は埋めて保存し、東側はコンクリートの下から一部こうやって見られるようにしたんだとか。幼稚園の下に埋まってしまった石垣は、保存されてるからこれっていいのか?城とは関係ないですが、この付近のうだつのある町並は風情があってよかったです。
承久3年(1221)、小笠原長清が阿波守護となりこの地に築城した。南北朝時代、小笠原氏は白地城主・大西氏と共に南朝方として戦ったが、南朝勢力が衰退したため足利方の細川氏に従い、姓も三好氏と改め、東の勝瑞城へ移った。天正13年(1585)、土佐の長宗我部元親が秀吉の四国征伐に降伏し、蜂須賀家政が阿波一国の領主となると、白地城に替わる西阿波の拠点として改修され、阿波9城の1つとなった。元和の一国一城令により、寛永年間(1624-44)廃城となった。その後、江戸時代には、城跡に徳島藩三好郡代所が置かれていた。
幼稚園下の石垣