堀秀治陣
別名
所在地 佐賀県唐津市鎮西町名護屋
遺構等 曲輪、土塁、石垣、堀切、礎石、碑、説明板
現状 史跡公園
築城年 文禄元(1592)
築城者 堀秀治
歴代城主 堀秀治
形式 陣所
訪城日 2007/2/10
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文禄元年(1592)、秀吉の朝鮮出兵のための戦略拠点となった名護屋城の周辺に築かれた有力武将の陣屋の1つで、堀秀治が築いた陣城。越前北ノ庄城主・堀秀治は約18万石を領し、文禄・慶長の役には8千の兵を率いて参陣した。開戦当時16歳だった秀治は渡海せず、戦いの間この陣地で生活した。その後、秀治は越後春日山45万石に移され、31歳で没し、堀家は秀治の子・忠俊の代で改易となった。秀治の父・秀政は早くから豊臣秀吉に仕え、信頼も厚かったため、秀治の陣は本城から近く大規模なものだった。
【歴史】
城跡の地図
【道案内】
名護屋城西方の「風呂尾呂」信号から国道204号を800m程南下した左手が堀秀治陣で、史跡公園として整備されており、駐車場が完備されています。ここからだと少し山を登る必要がありますが、陣の南側道路を300m程東進して左折し、城の東側へ回り込むと城内まで車で行け、ほとんど登らずに主郭へ行けます。
整備された陣跡で見やすいです。しかも広い!石垣が使われ、曲輪には土塁もあり、空堀や虎口もよく分かり、礎石や石段も見られます。しかも、曲輪が6つもあり、湾曲した堀で隔てられたりと、技巧的な造りになってる部分もあります。かなり見応えがあり、見通しもよくて気持ちがいいお城です。
【感想・メモ】
ほりひではるじん