城跡の地図
上原館
別名 西山城
所在地 大分市上野丘西
遺構等 土塁、堀跡、碑、説明板
現状 天満神社
築城年 鎌倉後期
築城者 大友氏康
歴代城主 大友
形式
訪城日 2003/8/14
鎌倉後期、豊後守護・大友氏康が築いた居館。ここで、天文19年(1550)、大友氏20代・義鑑は、嫡男の義鎮(後の宗麟)を廃嫡し、塩市丸を家督にしようとした。しかし、4人の家老:斎藤・小佐井・津久見・田口が反対したため、斎藤と小佐井の二人は館に向かう途中に義鑑の手下に殺され、残った津久見と田口は、館に乗りこみ塩市丸とその母を殺した。義鑑も重症を負い まもなく没し、津久見・田口は、義鑑の家臣に討たれた。この事件を 「大友二階崩れの変」という。慶長2年(1597)福原直高が荷揚城(府内城)を築いたため、廃されたといわれる。
【歴史】
現存する土塁の上に、「西山城大友館址」の石碑が建っており、縄張図つきの説明もあります。
【感想・メモ】
【道案内】

うえはらやかた
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大分城址公園から大分県庁を左手にし、真っ直ぐ南下します。途中は一方通行なので西側の広い通りに出て「顕徳町1」信号も直進し更に南下してJRを越え、左手に「上野ケ丘中学校」も越えます。そこから道なりに600m程南下した所の路地を左折すると、左手に「天満神社」があります。ここが城跡でちょっとした公園っぽい雰囲気になっています。