小山田緑地の西方、小野路城の西北西約1.5kmに位置する大泉寺の裏山が城跡で、お寺に参拝者用駐車場があります。
承安元年(1171)小山田有重が築城したといわれる。小山田氏は関東八平氏の祖高望王の孫である政経から出ており、小山田別当としてこの地に移り住んだ有重が初めて小山田氏を称した。有重の長男稲毛重成は同族の畠山重忠を讒言によって謀殺したが、その直後重成の虚言が発覚し元久2年(1205)重成は誅殺され、小山田・稲毛・榛谷などの一族は滅亡し、小山田荘も北条氏の手に移った。室町中期以降は扇谷上杉氏が領有し城を改修した。文明8年(1476)長尾景春の乱の際、小山田城は小野路城と共に扇谷・山内両上杉氏の拠点となったが、翌文明9年3月、景春の家臣宝相寺・吉里勢に攻められ落城した。後北条氏の時代には、小山田弥三郎が小山田荘を領していた。

参考資料
『日本城郭大系』新人物往来社発行
『多摩丘陵の古城址』田中祥彦著
【歴史】
小山田城
別名 扇谷の要害、小山田の要害
所在地 東京都町田市下小山田町332
遺構等 曲輪、堀切、碑
現状 大泉寺
築城年 承安元年(1171)
築城者 小山田有重
歴代城主 小山田氏、北条氏、扇谷上杉氏
形式 平山城(比30m、標120m)
訪城日 2011/2 感想

大泉寺の墓地に城址碑があります。お寺の背後の山に馬蹄形で築かれた城跡なのですが、立入禁止になっていて遺構の確認ができませんでした。尾根の両端に堀切があるようです。
【感想・メモ】

城址碑

【道案内】
城跡の地図

おやまだじょう
TOPページへ