【道案内】 |
登城口の地図 |
城跡の地図 |
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久留里駅から南東へ約1.6km。城の北側にある「君津市森林体験交流センター」に広い無料駐車場があり、ここが登城口です。駐車場へは西側の国道410号からでも、北側の県道32号からでもアクセス可能ですが、16時半施錠なので注意してください。 |
【感想・メモ】 |
駐車場から二の丸(資料館)→天守→林間遊歩道で下山のコースがおススメです。二の丸までにも火薬庫跡や堀切があり、資料館・天守は無料(9時〜16時半)です。天守の横には天守台があり、天守から南尾根(怒田方面)へ下りると鋭い堀切が、北へ下りる(またはトイレのある天神曲輪から林間遊歩道の案内に従う)とこちらにも沢山堀切が見られます。ただ、どこも断崖絶壁な地形をしており、堀切を見に行くのも危ない箇所もあるので気を付けてください。また、西尾根を北へ進むと久留里古城があり、こちらも見応えたっぷりですので是非一緒に見学してください。ただし古城は尾根が多く城域が広いので、両城で3時間はみておきましょう。 |
【歴史】 |
天文4年(1535)里見義堯が築城し、長子・義弘を佐貫城に配した。天文7年(1538)第1次国府台合戦で、里見父子は小田原北条氏・古河公方・真里谷武田らの連合軍に敗北し、本拠の安房へ一時退去した。天文23年(1554)から翌年にかけて、北条綱成を主力とした兵2万が久留里城を包囲したが里見父子は撃退した。永禄7年(1564)第2次国府台合戦で里見義弘軍は大敗し、久留里城も落城したが、その後、奪還した。天正18年(1590)小田原征伐で北条氏滅亡後、里見氏は安房に閉塞し、久留里城には徳川譜代の大須賀(榊原)、土屋、酒井氏等が入封し、城は改修された。その後、黒田氏が城主となり、明治を迎えた。 |
【参考資料】 |
『千葉県所在中近世城館跡詳細分布調査報告書U-旧上総・安房国地域-』千葉県教育委員会発行 |