源範頼館
別名 吉見御所
所在地 埼玉県吉見町御所146
遺構等 曲輪、土塁、横堀、碑
現状 息障院
築城年 平安末期
築城者 源範頼
歴代城主 源氏
形式
訪城日 2010/1 感想

【道案内】
城跡の地図

【感想・メモ】
みなもとののりよりやかた
吉見町役場から県道345号で1.2km程北上し「中新井」信号を左手前方向に左折します。この右手に「息障院」というお寺があり、ここが館跡です。お寺の南側に参拝者用駐車場があります。
【歴史】
お寺の東〜北〜西の三方と南面の西側にかけて堀が残っており、一部水堀のところもあります。また、お寺の正面入口に館跡の石碑もあります。
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鎌倉時代、源範頼が居住したと伝えられる館。範頼は、平治の乱(1159)後、この吉見の地に居住し成長した。その後、兄・頼朝の志を得て、吉見の地に所領を与えられたと『風土記稿』に記される。また、治承5年(1181)志田三郎義広が鎌倉幕府に背いた際、範頼は追討軍である小山朝政の軍に加わり、高野の渡しを取り囲んだと伝えられる。範頼の子範国は吉見氏を称し、以後、為頼・義春・義世が居住したと伝えられる。(『埼玉の古城址』中田正光著、『日本城郭大系』新人物往来社発行 参照)