城跡の地図
永享10年(1438)、関東管領上杉憲実が鎌倉公方足利持氏と争って鎌倉を退き、平井城に拠った。その頃、平井城西方の守りとして新堀城と共に一郷山城は築かれた。主として狼煙台の役目を果たしていたと思われる。永禄6年(1563)3月、西上州侵略を図る武田信玄は平井城攻略の緒戦として見銘寺の水の手を攻めた。これに対し、城兵は大石を山頂から落とし寺もろとも押し潰したところ火災となり、城は全焼、将兵は全滅、婦女子は急崖に身を投げ落城し、新堀城も攻略された。(現地説明板より)
一郷山城
山頂にひょっこり模擬天守が建っているのが遠くから見えます。遺構は無いので面白味は全くありません。模擬天守の中はちょっとした資料館になっています。
【感想・メモ】

別名
所在地 群馬県高崎市吉井町牛伏山
遺構等 模擬天守
現状 牛伏山展望台
築城年 永享10年(1438)頃
築城者 上杉氏
歴代城主 上杉、多比良
形式 山城(比260m)
訪城日 2008/10
【道案内】

いちごうやまじょう
【歴史】
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牛伏山山頂の東峰にある模擬天守がある付近が城跡です。牛伏山の案内に従い林道を進むと、道は狭いものの城跡まで車で上がれ、駐車場も模擬天守前に完備されています。

縄張図(模擬天守内の展示資料より)