城跡の地図
坂戸城
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別名
所在地 南魚沼市六日町坂戸
遺構等 曲輪、空堀、竪堀、土塁、石垣、居館跡、碑
現状
築城年 南北朝時代
築城者 新田氏
歴代城主 新田、長尾、堀
形式 山城(比473m)
訪城日 2003/7/28
【道案内】

【感想・メモ】
さかとじょう
国道17号「八幡」信号を南へと国道291号へ入り1km程南下します。「六日町」次の信号を右折し魚野川を渡り、突き当りを左折します。ホテル坂戸城を右手に過ぎてから路地を右折すると、「坂戸城跡内堀跡」と書かれた看板が目に入り、まるで田んぼのよう。既にここは城域に入っています。
南北朝時代、南朝方の新田氏が築城したといわれる。三国峠を越えて越後、関東を結ぶ街道の要地にあったため、軍事上重要な拠点だった。室町時代には守護代長尾氏が居城した。この長尾氏に上杉謙信の姉の仙桃院が嫁ぎ、謙信の養子となる景勝が産まれている。慶長3年(1598)、景勝の会津移封により越後に入った堀秀治の家臣・堀直寄が坂戸2万石で入った。慶長15年、直寄は信濃飯山4万石に移封され、廃城となった。
【歴史】
坂戸城跡内堀跡
家臣屋敷跡
今回は上まで登るのは諦め、鳥坂神社から家臣屋敷跡と、少しだけ中屋敷の方へ登って雰囲気を味わう事にした。でも家臣屋敷跡だけでかなり満足!野面積みの石垣が沢山見られ、更に土塁や空堀もある。特に奥の方には土塁がしっかり残っていて、かなり見応えがある。屋敷跡へ行く途中「これは江戸末期に運び出された石を回収したもので、将来、坂戸城跡の石垣を修復する時に使うから近づかないように」なんて趣旨の立て札があり、そこには無造作に石が置かれてた。家臣屋敷跡があまりに素晴らしかったので、上へ登ったらもっと素晴らしい遺構が見られるに違いないと思い、少しだけ御居間屋敷(おんまやしき)の方へ登った。