妻木城士屋敷 |
別名 | |
所在地 | 土岐市妻木町上郷 |
遺構等 | 石垣、土塁、碑、移築城門(崇禅寺)、説明板 |
現状 | |
築城年 | 慶長6年(1601)頃 |
築城者 | 妻木頼忠 |
歴代城主 | 妻木 |
形式 | 屋敷 |
訪城日 | 2003/2/15 |
つまきじょうさむらいやしき |
移築城門 |
県道388号で東海環状自動車道を東へくぐり、1.5km程東進した通り沿い右手に、「妻木城士屋敷跡」の碑や、妻木城の説明版があります。車はこの説明板付近に駐車可能です。 |
士屋敷はかなり広く、3段に曲輪があり、どこもあちこちに石垣が残っています。士屋敷の周囲や、西側の道を登ったりしたのですが、どこからでも石垣を堪能でき、めちゃくちゃ良い所に来たという満足感でいっぱい。妻木城の移築城門を見に近くの崇禅寺へ。先程の妻木城士屋敷から東へ進むと県道19号にぶつかるので、それを左折。左折後、500mもしないうちに、右手に見えてきます。お手洗いも気軽にどうぞ・・・という内容の文まで寺の看板に書いてあった。確かにお手洗いも綺麗だったです。移築城門は茅葺で格好良かったです。 |
関が原の合戦で東軍に属し、戦功を挙げた妻木頼忠は、翌、慶長6年(1601)徳川家康より旧領妻木を安堵された。その後、山上の妻木城に対し、所領支配の拠点となったのが、山麓の士屋敷であった。その後、頼利、頼次と継ぐが、万治元年(1658)、頼次は跡継ぎがないまま没し、妻木氏嫡流が断絶したため、士屋敷も廃された。 |