酒呑陣屋 |
別名 | |
所在地 | 豊田市幸海町池ノ杁12-3 |
遺構等 | 曲輪、石垣 |
現状 | 宅地、畑 |
築城年 | 江戸時代 |
築城者 | 鈴木氏 |
歴代城主 | 鈴木 |
形式 | 丘城(比30m) |
訪城日 | 2005/5/15 |
しゃちのみじんや |
石垣 |
東海環状道路「豊田松平インター」を下り、国道301号を800m程東進して巴川の手前を左折し、県道487号に入ります。2.5km程進んで左手に「幸海小学校」を過ぎ、更に600m程進んだ2本目の路地を左折します。すると、左手に「祐源寺」があります。これを通り過ぎ更に行くと個人宅で行き止まりになりますが、ここが陣屋跡です。 |
個人宅になっていますが、曲輪が2段になり、それぞれにしっかり石垣が残っています。ただ、草に覆われていて見にくいのが残念!裏手には井戸も残っているようです。 |
矢並鈴木重就の子・重時が酒呑鈴木氏の祖で、文明年間(1469-87)矢並から酒呑に移り住み、城を築いた。鈴木一族が東方の足助へ勢力を伸ばすためにも、また、南方の松平の侵入を防ぐのにも重要な拠点であった。しかし、三代目・信重は松平に仕え、以後、子孫が徳川家康に仕えて旗本となり、江戸時代には酒呑村に陣屋を置いた。陣屋下の「祐源寺」は、元和元年(1651)、時の領主・鈴木三郎重雄が創建し、鈴木氏の菩提寺とした。 |