大草城 |
道路から西側は大草児童遊園や畑になっており、土塁・空堀と思えるような雰囲気があります。道路から東へ入るとすぐ左手に城址碑があり、その奥は熊野神社になっています。神社の東や北にも土塁と空堀と思われる雰囲気のところがあります。 |
別名 | |
所在地 | 愛知県長久手市杁ノ洞 |
遺構等 | 土塁、空堀、堀切、碑 |
現状 | 熊野神社 |
築城年 | 永禄・天正年間(1558-92) |
築城者 | 福岡新助 |
歴代城主 | 福岡、森長可 |
形式 | 平山城 |
訪城日 | 2018/8/13 |
愛知環状鉄道「瀬戸口駅」の北西方向を走る県道57号を南下します。谷田川 県道57号と県道233号が交差する「大草」信号を北へ入り、400m程北上すると右手に池(溝之杁池)があります。この池の手前で右の路地へ入り(池側に城跡の案内有)2つ目の路地を右折し200m程南下した道の両側が城跡です。 |
おおくさじょう |
永禄〜天正の頃に、福岡新助が築城したが、天正12年(1584)長久手の戦いで領主・森長可が戦死した後、この城は廃城となった。 |
大草城縄張図 原図:千田嘉博氏 愛知県中世城館跡調査報告書T(尾張地区)より |