熱田村砦 |
別名 | |
所在地 | 名古屋市熱田区沢上2丁目 |
遺構等 | |
現状 | 宅地 |
築城年 | 養和元年(1181) |
築城者 | 源行家 |
歴代城主 | 源 |
形式 | 平城 |
訪城日 | 2004/1/4 |
あつたむらとりで |
熱田神宮の東側を通る県道226号を金山方面へ北上します。「高蔵」信号を越え、更に400m程北上した「外土居」信号を過ぎた右手(東)付近が砦跡と言われています。 |
砦の場所は、諸説あって特定できていないようです。熱田神宮の西側を走る国道19号の通り沿い(白鳥小学校より100m程北)に「誓願寺」があり、ここが源頼朝生誕地と言われています。お寺に石碑と説明板があります。 |
名古屋市内でも最も古いお城の1つと言われている。養和元年(1181)、源行家(頼朝の叔父)が新宮十郎らとともに築いた。尾張の熱田大宮司は広大な熱田社領を持ち、それを守るため武装して、所領を朝廷へ寄進すると共に、源氏とも手を結び、一族郎党は保元の乱(1156)に出陣した。源義朝は大宮司季範の娘を妻とし、その間に生まれたのが頼朝である。平治の乱(1159)で大宮司の一族郎党が参加したが、平氏に敗れ、義朝は知多まで逃れるも、野間の地で長田氏に裏切られ殺された。その後、源氏復興の行脚を行家が行い、養和元年、平知盛軍に美濃で敗退し、ここ熱田で平家の軍をを防ぐべく戦ったが敗れた。その戦いの際に急造りしたのが、熱田村砦である。 |
誓願寺(源頼朝生誕地) |