登屋ケ根城 |
と〜っても分かりやすい目印がココにはあったぁ!「Minks」という、夜になるとネオンで光り輝くホテルさまが。なんと、主郭はこのホテルの場所だったようです。ものの見事に壊されちまいました。主郭をじっくり確認したい方は、ホテルに入るべし?でも、侮るなかれ。主郭の東側は遺構が良く残っています。南北に大規模な空堀が食い違い状になっていて、土橋を作っています。これは、一見の価値ありです。登屋ケ根城址の碑(白い標柱)もあり、周囲には猪垣も沢山ありました。この猪垣は、くるりと一周してあり、これも文化財のようです。 |
別名 | 番場城 |
所在地 | 豊川市(音羽町)長沢町番場 |
遺構等 | 曲輪、土塁、空堀、土橋、碑 |
現状 | |
築城年 | 永仁年間(1293-99) |
築城者 | 番場太郎到由 |
歴代城主 | 番場、関口、糟谷、小原 |
形式 | 丘城 |
訪城日 | 2003/4/6 |
とやがねじょう |
登屋ケ根城縄張図 原図:奥田敏春氏 愛知県中世城館跡調査報告書V(東三河地区)より |
国道1号「関屋」信号より100m程西側(名古屋方面)の路地に「登屋ケ根城入口」の白い標柱を南下します(国道1号は中央分離帯があるため、豊橋方面へ向かっている場合は、ここから入れません)。南下すると前方にホテルがあります。この周辺が城跡です。周辺の道路余白に駐車しました。 |
永仁年間(1293-99)、番場太郎致由が築城したといわれる。永禄4年(1561)、今川の武将・糟谷善兵衛と小原藤五郎が城に立て篭もり松平勢に備えたが、敗れて退去した。この戦いで、本多平八郎は14歳の若さで初陣を飾った。 |