木和田古屋敷 |
別名 | 木和田屋敷、木和田城 |
所在地 | 新城市(作手村)作手木和田字オオカイツ |
遺構等 | 曲輪 |
現状 | 畑、光林寺跡 |
築城年 | |
築城者 | 涯田三郎左衛門 |
歴代城主 | 涯田、桜井 |
形式 | 屋敷 |
訪城日 | 2005/4/17 |
きわだふるやしき |
遠景 |
木和田古屋敷縄張図 原図:石川浩治氏 愛知県中世城館跡調査報告書V(東三河地区)より |
国道301号「田原」信号を北へと県道35号に入ります。3.7Km程行くと左手に菅守小学校がありますが、ここを過ぎてすぐ右に入る路地があるので右折します。あとはひたすら山道を道なりに行きます。2.5km程行くと峠を越え道が下り出し左手に民家が見えてきます。そこで道が左カーブした左手の丘が屋敷跡です。 |
丘を登っていくと畑になっています。畑はあちこち石垣で囲まれています。途中、木和田氏の戦争の墓があり、更に上に行くと古いお墓が並んでいます。その上には、光林寺跡の削平があり、この廃寺跡へ入る所には城とは関係ないですが立派な石垣がありました。 |
涯田三郎左衛門が居住し、後に桜井与右衛門が居城した。涯田氏は木和田で後に菅沼城主となった人物である。桜井与右衛門は奥平氏の家老である。 |
光林寺跡 |
石垣 |