城跡の地図
柏原城
別名
所在地 蒲郡市柏原町字尺地田
遺構等 土塁、空堀
現状
築城年 弘治年間(1555-58)
築城者 柏原鵜殿長祐
歴代城主 柏原鵜殿
形式 山城
訪城日 2004/3/6
【道案内】


【感想・メモ】
かしわばらじょう
【歴史】
TOPページへ
蒲郡市役所前の県道383号を1km程西進すると「川東」という信号があり(ジャスコのある交差点)、そこを右折して北へ2キロほど進むと東海道新幹線の線路があります。その線路の右手(東京方向)へ目をやると線路は丘を切り通したところに続いているが、その丘が柏原城址です。
ちょうど線路で分断されていて、北と南のどちらが主なのかもわからない。北側は上がみかん畑となっていて、城の遺構らしきものは見当たらなかった。南側は竹が茂っていて中へ進むのが困難。でも、少しだけ中へ入るとすぐに平坦な部分があり、曲輪なのかもしれない。
鵜殿長持の弟・長祐が分家となり、弘治年間(1555-58)柏原に築城して住み、柏原鵜殿氏と称した。長祐は家康に従い、三河一向一揆では活躍したが、針崎の戦いで死去した。子がいなかったため、長照の弟・長忠が養子となって後を継いだ。長忠の娘は家康の側室となり、督姫を生んだ。この督姫は池田輝政の室となる。長忠の子・長次は鳥取池田氏の家臣となったため、柏原城は二代で廃城となった。
曲輪跡?