萩城
別名
所在地 豊川市(音羽町)萩町下の坪
遺構等 曲輪、土塁、堀切、井戸、碑
現状 山林
築城年 天文年間(1532-55)
築城者 清原右馬允
歴代城主 清原右馬允、内藤十郎市、奥平周防守
形式 丘城(比30m)
訪城日 2003/4/6
城跡の地図
【道案内】
国道1号で岡崎方面へと向かい「音羽」信号で右折し県道332号へ入ります。途中、道がY字になっている所を右側へ行き県道332号をキープ。萩小学校を過ぎ、更に2km弱進みます。慈眼寺より少し手前の道を左折すると、すぐに久田野橋という小さな橋があるのでそれを渡り、左へカーブして20m程行くと、道の右手(山側)に、「萩城跡」と字が薄れかかった碑があります。そこが、登城口です。
登っていくと、5段になった腰曲輪が分かります。主郭は草ボウボウですが、奥へ行くと2重堀切がありましたが、自然地形にも見えたりして。。。更に、主郭から北側の曲輪へ下りると、井戸もあります。でも、この井戸はちょっとした窪みとなってるだけで、周囲がシダで覆われて、ちょっと見にくいです。井戸のある曲輪から東側へ向かうと、何故かかなり木が伐採されていました。何となく、帯曲輪のような雰囲気です。
【感想・メモ】
はぎじょう
【歴史】
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萩城縄張図  原図:石川浩治氏
愛知県中世城館跡調査報告書V(東三河地区)より
作手奥平氏の支族である萩奥平氏が戦国期の城主。