【道案内】 |
登城口の地図 |
城跡の地図 |
|
|
|
真室川駅付近から国道344号を12km程北上して西川を渡り、更に500m程北上した「西川バス停」を過ぎた右手「差首鍋館跡」表示がある所が登城口で、この付近に駐車しました。 |
【感想・メモ】 |
差首鍋館は西川と鮭川(大沢川)が合流する北西にあり、二方向が断崖絶壁という天然の要害に築かれています。西川を渡ってすぐ右手にも電力会社の鉄塔道があったのでここからも登れそうでしたが、こっちの方が比高差がある上、何の表示もなかったので、表示がある所から登りました。表示の所からだと5分程で鉄塔に至ります。鉄塔のある二郭はかなり広く、西側に堀切が2条あるようですが酷い藪で確認できませんでした。南側に土塁と虎口があり、西川を渡ってすぐの鉄塔道はここに至るのではないかと思いました(未確認)。この東が主郭でこちらもだだっ広く、だらだらしたお城といった印象を受けるのですが、東西郭の境・南方にある3連続竪堀と、この北側の連続桝形虎口に度肝を抜かれます。 |
登城口 |
【歴史】 |
二郭 |
築城年は不詳だが、近江の沓沢庄から最上氏を頼り、この地を賜った沓沢但馬忠久が築いたといわれる。その後、沓沢掃部介忠国の時代に最上義光に攻められ滅ぼされ、嫡子兵庫介忠家が跡を継ごうとしたが、幼少のため代わりに野崎館の家老であった沓沢玄蕃が居住したという。「穴から首を出し、鍋を大沢川に下ろして水をくみ上げた」という地名伝説があるようです。 |
【参考資料】 |
『山形県中世城館遺跡調査報告書 第3集(庄内・最上地域)』山形県教育委員会発行
『日本城郭大系』新人物往来社発行 |