【道案内】 |
城跡の地図 |
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登城口 |
R陸羽東線「最上駅」東方約700mの山が城。最上駅北口の1本北側の通りを600m程南東へ進んだ突き当り「十日町公民館」の東側が登城口で、公民館に説明板があります。公民館駐車場を利用しました。 |
【感想・メモ】 |
公民館東のお稲荷様から登り、山の神様経由で主郭に至ります。西側が主郭で、堀切を隔てて郭が連なり、その先にも堀切を隔てて郭があります。 |
【歴史】 |
もともとは細川氏が「岩部館」を築きこの地を治めたといわれる。天正8年(1580)、最上義光が天童頼澄を滅ぼし、細川摂津守直元のいるこの地にも進攻し細川氏は滅亡。この時の戦功により、最上勢の蔵増安房守がこの地を賜り、嫡子が改名して小国日向守光基と称して小国城を改修した。元和8年(1622)、最上氏改易により小国城は仙台伊達藩に接収され、小国日向守は佐賀鍋島藩に預けられた。その後、小国郷は新庄戸沢藩の領地となった。 |
遠景 |
【参考資料】 |
『山形県中世城館遺跡調査報告書 第3集(庄内・最上地域)』山形県教育委員会発行
『日本城郭大系』新人物往来社発行 |