宮城県のお城 つるすだて
鶴巣館
別名 鶴楯城、鶴館、下草城
所在地 宮城県大和町鶴巣下草迫
遺構等 曲輪、土塁、空堀、碑
現状 山林
築城年 天文年間(1532-55)頃
築城者 黒川景氏
歴代城主 黒川氏
形式 山城(比60m、標75m)
登城時間
訪城日 2012/7 感想
【道案内】 城跡の地図
東北自動車道「大和インター」から南南西へ約2.1km、杜の都GCの西。大和町役場東方にある「大和町桧木」信号から国道4号で1.6km程南下した信号を左折します。1km程東進して右折し、すぐの突き当りを右折、少し南下したT字交差点の左隅に標柱があり、ここを左折して500m程東進して右折します。その先にある八幡神社の南西の山が城跡です。
【感想・メモ】
八幡神社まで行ったのですが、登城口が分からず。雨ということもあり、無理せず諦めました。車を神社付近に停め、神社から南へ進むと登城口があるようです。
【歴史】
南北朝時代末期、大崎氏の親族である黒川氏がこの地に入部し、八谷館・御所館に居住して伊達氏に備えたが、黒川景氏の時、勢力が伸張した伊達氏についた。天文年間(1532-55)頃、景氏は鶴巣館を築き、御所館から移り住んだ。天正16年(1588)大崎氏に内紛が生じ、大崎氏重臣・氏家弾正が伊達政宗に救援を求めた。政宗は大崎領の武力制圧を計り、大崎表に5千の軍勢を差し向けたが、黒川晴氏が伊達氏を裏切り大崎氏についたため、政宗の作戦は失敗した。その後、大崎氏は降伏し伊達氏の保護下に入った。天正18年、晴氏は政宗に拘禁され、領地は没収され、鶴巣館は廃城となった。
参考資料
『日本城郭大系』新人物往来社発行
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