丸山城
登城道はハイキングコースになっていて歩きやすいです。祠がある郭等を通りながら主郭に着くと天守台の上に立派な城址碑が立っています。主郭北側は枡形があったりと技巧的で、主郭西側も遊歩道が続き下りていくと堀切があります。
【感想・メモ】
城跡の地図
【道案内】

登城口の地図
別名
所在地 三重県伊賀市(上野市)下神戸字坂田1507
遺構等 曲輪、土塁、堀切、天守台、櫓台、出丸、碑
現状 山林
築城年 天正6(1578)
築城者 北畠信雄・滝川雄利
歴代城主 北畠
形式 山城(比30m)
登城口から主郭まで約6分
訪城日 2009/2 感想
まるやまじょう
TOPページへ
近鉄伊賀線「丸山駅」から東南東へ約500m。丸山駅から国道422号を500m程南下し、左手に消防署を過ぎてすぐの路地を左折します。踏切を渡って200m程東進すると、道が右カーブする左手にカーブミラーがあります。ここを左側の路地へ入ります(ココから先は道が狭いので車で入らない方がよいです)。50m程先で民家を通り過ぎると、左手に山に入っていく遊歩道があります。この道を北へ登ると城跡です。
天正6年(1578)、伊賀平定の機会を伺っていた北畠信雄(信長の次男)が築城した。丸山築城を知った伊賀の土豪たちは驚き、木津川を挟んだ神戸の天童山に立て篭もって丸山城を攻めた。築城していた重臣・滝川雄利は不意を衝かれ伊勢へ敗走した。(『日本城郭大系』新人物往来社発、『伊賀の中世城館』伊賀中世城館調査会編・発 参照)
【歴史】