志布志城
別名
所在地 鹿児島県志布志市志布志町帖
遺構等 曲輪、土塁、堀切、石垣、井戸、説明板
現状 山林
築城年 平安期
築城者 畠山直顕
歴代城主 畠山、救仁院、楡井、畠山、新納、島津、肝付
形式 平山城
登城口から本丸まで約5分
訪城日 2007/11/29
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本丸
内城は志布志城の主体部で、肝付氏が没落した天正5年(1577)、島津氏初代地頭・鎌田出雲守政近まで約400年間、豪族の興亡の歴史を繰り返した。志布志城の築城年代は不明だが、南北朝期までは本丸と矢倉場と呼ばれる曲輪のみだった。新納氏の時代に中野久尾・大野久尾と拡大し、内城本丸の山下に居館を置いた。戦国期に現在見られるような直線連郭型式の山城に改修し、常に当地方の支配者の居城であったが、元和元年(1615)一国一城令によって廃城となった。
志布志城は内城・松尾城・高城・新城の4つの山城で構成され、ここは内城です。深い空堀が迷路のように張り巡り、城の各所に設置されたコースマップの現在地を見ないと迷子になりそうです。見応えたっぷりで楽しめるお城です。
【歴史】
【道案内】

登城口

大空堀
城跡の地図
登城口の地図
JR日南線「志布志駅」から北東へ約1.4km。志布志小学校西側(県道499号)に、志布志城跡入口の標柱があり(右写真)、ここを東へ入り、突き当りを左折して案内に従い右手の山へ入ると城です。登城口の南約100m((県道499号沿い)に観光用無料駐車場が完備されています。
【感想・メモ】
しぶしじょう