黒羽城
TOPページへ
【歴史】
国道461号「那珂橋」で那珂川を東へ渡り、500m程東進して左折します。そこから1.2km程北上した左手が黒羽城址公園となっており、道路右手に駐車場があります。

@本丸(黒羽城址公園)
A中丸
B二の丸(黒羽町山村開発センター)
C三の丸(芭蕉の館)
E会所(黒羽城址公園駐車場)
F廊下門
G中門

城址公園駐車場は会所跡で、西側の公園にはあちこちに見事過ぎる空堀が見られます。本丸は広く、高い土塁が巡っており、展望台があります。本丸南側の橋の下は堀切で薬研堀となっていますが、この深さがスゴイ!本丸南東でクランク状に折れ曲がっており、東側には水堀もあります。城跡の西側には那珂川、東側には松葉川が流れ、天然の要害の上に、これだけの規模の防御施設があって驚嘆します。城域は広く、公園外側もまだ城跡で、駐車場から南へ歩くと門跡が見られたり、稲荷神社には土塁や水堀もあったりと、あちこちに遺構があるので、見て回って楽しんでください。また、大関氏菩提寺の大雄寺がまた見事な茅葺でとても見応えがあります。お寺には大関家代々の墓地もあり、これがまた立派で楽しめ、何もかもが素晴らしいです!
【感想・メモ】

天正4年(1576)、大関高増が新たに城を築き、余瀬の白旗城から1万8千石で移った。北に高山の丘陵が連なり、東に前田川、南は窪地となる阿久津村、西に那珂川がある。その後、慶長5年(1600)嗣子資増の代に、会津の上杉景勝が徳川家康に叛いたため、家康はそれに備えて臣下を黒羽城へ派遣し、資増に命じて城を修築させ、鉄砲を与えた。明治4年の廃藩置県まで、295年に亘り大関氏累代の居城だった。
【道案内】
城跡の地図
くろばねじょう
別名 下山田館、大関城
所在地 栃木県大田原市(黒羽町)前田
遺構等 曲輪、土塁、空堀、碑、説明板
現状 黒羽城址公園
築城年 戦国時代
築城者 大関高増
歴代城主 大関
形式 山城
訪城日 2007/5/12 感想