上三川城
別名
所在地 栃木県上三川町上三川
遺構等 曲輪、土塁、水堀、説明板
現状 上三川城址公園
築城年 建長元(1249)
築城者 横田頼業
歴代城主 横田
形式 平城
訪城日 2009/6 感想
上三川町役場から県道35号を250m程東進して右折し、400m程南下した2本目の路地を左折します。200m程東進すると左手に上三川城址公園があり、駐車場が完備されています。
【歴史】
上三川城は建長元年(1249)、宇都宮氏の一族で横田城主であった横田越中守頼業が横田城を廃してこの地に築城した。その後、永享年間(1429-41)、8代城主元朝の時に今泉姓を名乗り、代々この地を領して居住した。上三川城は西の多功城と共に宇都宮氏の南方の拠点として第一線の城だったため、数度の激戦が繰り広げられた。戦国期には、上杉謙信、武田勝頼、北条氏直らが進出してきたが、今泉氏は宇都宮氏の重臣として活躍した。慶長2年(1597)、宇都宮国綱の継嗣問題のこじれから芳賀高武に攻められて落城した。(現地説明板、『日本城郭大系』参照)
本丸部分が城址公園として残っていますが、手を入れすぎており、普通の公園といった感じで城跡の雰囲気が感じられません。せっかく土塁と堀が周囲を巡っているのに、石で覆ったりして残念です。築城当時のお城は、東西400〜500m、南北1000mの規模があったようです。
【感想・メモ】


【道案内】
城跡の地図
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