寺台城 |
登城口が分からず、JA駐車場の背後から適当に山へ入りました。一番北側の郭に標柱と「寺台城主海保甲斐守遺址」の石碑があり、その南に堀切があります。この南にも郭がありますが藪です。 |
別名 | |||
所在地 | 千葉県成田市寺台 | ||
遺構等 | 曲輪、堀切、碑 | ||
現状 | 山林 | ||
築城年 | 15世紀前半 | ||
築城者 | 馬場氏 | ||
歴代城主 | 馬場氏 | ||
形式 | 丘城 | ||
訪城日 | 2010/3 | 感想 | △ |
てらだいじょう |
JR「成田駅」・「京成成田駅」から北東へ約1.6km。「寺台インター」から国道408号で500m程北上した「教育会館前」信号を南へ入り、200m程南下すると右手にJAがあります。このJAの南側の小山が城跡です。 |
この地域は中世には千葉宗家の直轄領地であったと考えられ、千葉一族である馬場氏が寺台・土屋を領し、この寺台城に居城した。築城は15世紀前半と思われる。天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原征伐の際、千葉氏は北条氏に与し滅亡したが、寺台城主・馬場伊勢守勝政も成田市土屋で豊臣勢と戦い戦死し、永興寺に葬られたと伝えられ、同時期に廃城となったと思われる。 『千葉県所在中近世城館跡詳細分布調査報告書』千葉県教育委員会発行、『日本城郭大系』新人物往来社発行、『房総の古城址めぐり下巻』府馬清著 参照 |