押畑城 |
お寺の150m東の台地上が主郭だったようで、標柱が立っていますが一面畑です。この横は空堀跡かな?お寺から200m程南に東西に幅の狭い道路がありますが(片側はコンクリ塀)、ここも堀跡のようです。広い城域だったようですが、現在では宅地や畑地となり分かりにくいです。 |
別名 | 子の神城、子の神台城 | ||
所在地 | 千葉県成田市押畑 | ||
遺構等 | 曲輪、碑 | ||
現状 | 畑、宅地 | ||
築城年 | |||
築城者 | 幡谷越中守 | ||
歴代城主 | 幡谷越中守 | ||
形式 | 丘城 | ||
訪城日 | 2010/3 | 感想 | △ |
おしはたじょう |
成田新高速鉄道「成田湯川駅」から東北東へ約2km。国道408号沿い「成田押畑郵便局」の南東にある「新福寺」付近から東〜南にかけてが城跡です。 |
この台地と、国道408号を挟んだ反対側の台地を含めた一帯が城址で、大須賀氏の一族・幡谷越中守が城主です。南側の台地下に住む幡谷さんはその子孫で、後北条氏の四代氏政、五代氏直の書簡をはじめ貴重な古文書が大切に保存されている。 現地標柱、『千葉県所在中近世城館跡詳細分布調査報告書』千葉県教育委員会発行 参照 |