小田城 |
文治元年(1185)、小田氏の祖・八田知家がに常陸守護に任ぜられ、当地に移って居館を構えたのが始まりといわれ、 鎌倉期から戦国期まで小田氏の居城であった。南北朝期には、当主小田治久が南朝方に属し、常陸南部における南朝方の拠点となり、北畠親房や春日顕国なども入城した。北畠親房の『神皇正統記』は小田城で執筆された事で有名。戦国期の弘治・永禄年間、当主小田氏治は佐竹氏・多賀谷氏・真壁氏や越後の上杉謙信、小田原の北条氏らと抗争を繰り返した。北条氏と結んだ小田氏治は、永禄12年(1569)、手這坂の戦いに敗れ、小田城は佐竹氏のものとなり、翌元亀元年(1570)、太田資正が城主となり、元亀3年、資正の子・梶原政景が城主となった。後、佐竹氏の一族・小場義宗が城主になったが、慶長7年(1602)に佐竹氏の秋田移封に伴い廃城となった。 |
だだっ広い城跡を見渡せ気分がいい!基本的に、曲輪・土塁・空堀で出来たお城で、土塁の上や空堀の下を歩き回るのが楽しい!知らない人が見たら、一面の田んぼに草が生えてるの?という感じなのだけど、すぐ近くは住宅地でそこの部分は破壊されてしまっているため、こういうまま残ってくれてる方がいいなぁと思いました。 |
別名 | |
所在地 | つくば市小田 |
遺構等 | 曲輪、土塁、空掘、碑、説明板 |
現状 | 城址公園、宅地 |
築城年 | 鎌倉初期 |
築城者 | 八田知家 |
歴代城主 | 小田、太田、梶原、小場 |
形式 | 平城 |
訪城日 | 2005/7/24 |
おだじょう |
国道125号で小田地区の「小田十字路」信号から500m程北上した信号を左折します。そのまま道なりに進むと道路が突き当たり、正面が小田城跡となります。 |