城跡の地図
白井城
民家がある辺りでも既に城跡で、城跡公園へ行く途中に三の丸や二の丸の堀が見られます。本丸は城跡公園となり、枡形虎口の雰囲気と石垣がステキ!そして、高い土塁と深い堀に圧巻。本丸の土塁上を歩いて回ると気分がいいです。本丸の南にも曲輪が続きます。しかし、この城の見所は深い空堀。堀底を歩けるようになっているので、是非とも堪能してください。お城だけでも随分と楽しめるのに、宿場町の雰囲気もとても良く、オススメの場所です。
【感想・メモ】
別名
所在地 渋川市(子持村)白井
遺構等 曲輪、空堀、土塁、石垣、虎口、碑、説明板
現状 城跡公園
築城年 永享年間(1429-41)
築城者 長尾景仲
歴代城主 長尾
形式 崖端城
訪城日 2008/3/30
【道案内】

しろいじょう
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国道17号鯉沢バイパス「道の駅こもち」北東を西へ入り、100m程進んだ1本目の路地を左折します。すると宿場町の中になりますが、500m程南下した5本目の路地を右折し(ここから白井城の案内表示が城跡まで出ています)、西へ250m程行った2つ目の路地を左折して南下すると城跡です。城跡に駐車スペースがあります。
永享年間(1429-41)、長尾景仲が築城した。その後、関東管領上杉氏に仕えた白井長尾氏が代々居城した。白井長尾氏は、上杉謙信、武田信玄と仕え、北条氏と敵対した。しかし、天正10年(1582)以降は、北条氏に属した。天正18年、秀吉の小田原征伐で北条氏が滅亡し、白井城は開城して長尾氏も滅びた。その後、関八州が徳川家の支配下となると、白井城には本多氏が入り、城を拡張・改修した。元和4年(1618)、本多紀貞が没し、嗣子なく断絶、それ以降廃城となった。
【歴史】