阪和自動車道「みなべインター」から国道424号を3.5km程北上し、左折が県道30号となる所も直進すると南部川が大きく蛇行し、国道424号もその内側で右急カーブとなります。このカーブし終わった南部川北側が城跡ですが、更に1km程北上して左折し南部川を渡ります(ここから城の案内有)。川沿いに200m程南下して案内がある所で鋭角に右折し梅林の中を上がると登城口前に駐車スペースがあります。 |
室町時代、野辺忠房が築城した。野辺氏は源経基の子・満快の後裔で、建武3年(延元元、1336)津戸野荘を預かり館を構えた。忠房は湯川氏に属し、その子・光快は湯川直光の猶子となって「光」の一字をもらったと言われる。光快の子・光房の時、畠山氏と三好氏の合戦が勃発し、湯川氏と共に河内国へ出陣した。この時(永禄5年(1562)、光房は若江で戦死した。平須賀城は光房の子・春弘が城主となり、同じく湯川氏に属したが、春弘は西方の幡山に要害城を築いて移ったため平須賀城は廃城となった。 |
登城口
曲輪3切岸
平須賀城 |
北斜面の連続竪堀 |
別名 | 平主山城、平柄城、平須山城 | ||
所在地 | 和歌山県みなべ町(南部川村)西本庄 | ||
遺構等 | 曲輪、土塁、空堀、竪堀、堀切 | ||
現状 | 山林 | ||
築城年 | 室町時代 | ||
築城者 | 野辺忠秀 | ||
歴代城主 | 野辺 | ||
形式 | 山城(比177m、標206m) 登城口から主郭まで約18分 |
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訪城日 | 2011/12 | 感想 | ◎ |
登城口から10分強、右手に梅林を見ながらかなり急な勾配を登る(ほとんど直登状態)とピークに達します。出丸といった雰囲気で、ここから南が城域です。すぐ南に堀切があり、その先にも堀切や竪堀があります。全体に見やすく草が刈られ、切岸がハッキリ見え、登りきった主郭からの眺望が素晴らしく、北斜面の連続竪堀も見所です。また「道の駅みなべうめ振興館」1Fに平須賀城の模型や説明があります。 追記:2008年は見やすかったのですが、2011年に再訪したら藪が酷過ぎて主郭に辿り着けなかったです。 |
へいすがじょう |