地黄陣屋 |
陣屋跡は学校の敷地になっていますが、石垣がかなりしっかり残っていて見応えがあります。大手枡形虎口をはじめ、学校の周囲を見て回ると良いでしょう。 |
国道477号と府道4号が交差する「野間中」信号から国道477号で1.2km程北上して左手に豊能警察署を過ぎ、更に100m程北上して右折した東中学校が陣屋跡です。 |
慶長7年(1602)、丸山城を本拠としていた能勢頼次が新城の建設を計画し、丸山城から石材や木材などを運んで、元和元年(1615)完成して移った。頼次死後、所領は子孫に分与され、地黄陣屋は嫡子頼重が継いだ。能勢氏は頼次から11代続き、頼富の時に明治維新を迎えた。陣屋はその後も会議所に充てられ、明治12年には能勢郡役所庁舎となり明治14年まで継続した。 参考資料 『日本城郭大系』新人物往来社発行 現地説明板 |
大手枡形虎口
能勢氏故城阯の碑
別名 | 地黄城、丸山新城 | ||
所在地 | 大阪府能勢町地黄 | ||
遺構等 | 曲輪、土塁、横堀、石垣、碑、説明板 | ||
現状 | 東中学校 | ||
築城年 | 元和元年(1615) | ||
築城者 | 能勢頼次 | ||
歴代城主 | 能勢氏 | ||
形式 | 陣屋 | ||
訪城日 | 2011/5 | 感想 | ○ |
じおうじんや |