蔵王堂城
水堀、土塁、曲輪とかなり見応えがあります。色んな角度から水堀&土塁の写真を撮りたくて歩き回っちゃいました。また、かなり土塁が残っているので、あちこちの土塁の上も歩き回れて楽しめます。その上、堀直竒の銅像や城跡碑も土塁の上にあります。こんな高い所にある銅像と一緒に写真を撮るのに苦労しました。ここなら夏場でも全然okで、遺構も随分と楽しめる良い城だなぁと思いました。
【感想・メモ】
別名 蔵王城
所在地 長岡市蔵王町
遺構等 曲輪、堀、土塁、碑
現状 金峰神社横
築城年 南北朝期
築城者 長尾新二郎為重
歴代城主 古志長尾、堀
形式 平城
訪城日 2003/7/27
【道案内】
城跡の地図

ざおうどうじょう
【歴史】
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JR「北長岡駅」から西南西へ約1.2km。北長岡駅から県道110号を200m程西進して左折し、国道352号を300m程南下した「新町3」信号を右折します。700m程西進して右折すると「金峯神社」があり、この神社から西隣の寺社にかけてが城跡です。神社に駐車スペースがあります。

蔵王堂城は、戦国時代、長岡一帯を統治する拠点であり、越後守護代長尾氏の一族・古志長尾家が築城した。慶長3年(1598)上杉景勝が会津移封となると、替わって堀秀治の弟・親良が4万石で入封したが、親良を継いだ甥の鶴千代が慶長11年、早世したため2代で断絶した。元和2年(1616)、堀直寄が入封したが、蔵王堂城が信濃川の氾濫でたびたび被害に遭うことから、元和4年、長岡に新たに築城し、城下町を移して長岡藩を立藩した。それに伴い、蔵王堂城は廃城となった。