山口県のお城 わかやまじょう
若山城
別名
所在地 山口県周南市(新南陽市)福川
遺構等 曲輪、石垣、畝状竪堀、空堀、碑、説明板
現状 山林
築城年 戦国時代
築城者 陶氏
歴代城主
形式 山城(比200m(Pから30m、標217m)
登城時間
畝状竪堀
訪城日 2013/5/2 感想
【道案内】 城跡の地図
西の丸の石垣
山陽自動車道「徳山西インター」から国道2号で3km程東進して山陽自動車道をくぐり、更に700m程東進した路地を左折します(左折する場所にお城の案内が出ています)。このまま道なりに山道を上がると山頂近くまで車で行け、広い駐車スペースがあります。道が細く、距離があるので気をつけてください。
【感想・メモ】
車で二の丸に着くので、主郭へはそこから北西へ進みます。すると右手に畝状竪堀が見えてきます。かなり立派で、このお城には大小合わせて26本もの竪堀があるとか。ここだけでもかなり楽しめるのに、そこから西の丸へと更に北西へ進むと、今度は石垣が見えます。その奥の蔵屋敷はスゴイ藪ですが西端に堀切があります。本丸には城址碑や説明板があるのみですが、海や眼下の町並み、島々等が見渡せ気分がいいです。また、東方に陶氏館があります。
【歴史】
文明3年(1471)頃、陶弘護が、吉見氏・仁保氏への備えのために築城したといわれる。弘治2年(1556)、毛利勢の攻撃から逃れるため、陶長房は城を脱出した。翌弘治3年(1557)毛利氏のために落城し、毛利氏はこの城を破却した。
参考資料
『日本城郭大系』新人物往来社発行
本丸 蔵屋敷西の堀切
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